日時:2012年11月18日

参加者 上林 稲田 坂田 金子(係)

曽場ヶ城山は、石仏めぐりで有名な山だそうで、八本松駅を中心に八十八の石仏が山道に点在しているそうです。曽場ヶ城山にはいくつも山道があって、今回の例会では石仏めぐりの山道は通り
ませんでしたが、短くてもとてもやまみちらしい起伏に富んだ山でした。

<山行記録>
8 時半に八本松駅に集合。係りでありながら登ったことがなく、上林さんにお願いして先頭を歩いていただく。まず八本松駅から車道をまっすぐに南に歩き、七つ池のところで右手に向かった。
すぐに(駅から歩いて約 15 分)登山口の案内を発見した。しばらくして山道に入る。
今回のコース把握や準備をして登山開始(9 時)。15 分歩くと駅から南西に延びる山道と合流する。紅葉が始まっており、落ち葉を踏みしめ、赤や黄色の鮮やかな色を楽しみながら道を進む。9 時 40 分小休止する。9 時 45 分出発。50 分に「三ノ丸跡」という山道沿いの看板を通過。ここからなだらかな下りにかかるとすぐに石仏を見つけた。石仏めぐりのコースは駅前のセブンイレブンの裏手から入山するようで、その道がここに繋がっているようだ。9 時 56 分、「午の段跡」を通る。10 時に「二ノ丸跡」に到着。建物があった様子がうかがわれる広場があり、ここには阿弥陀如来の石仏があって心が静まる。しばらく行くと、細い竹でできたトンネルにさしかかる。前方から見ると暗くて生々しさが残っており、明らかに人が意図的に造った様子がある。戦いの時の弓矢用に植えられたものらしい。興味津々にその中をくぐる。10 時 10 分「本丸跡」に到着。ここも今は何もないが昔はお城があったのだろうか、広場があり西条方面が広く見える。戦国の時代にはこの穏やかな景色がどのように見えたのだろう。ここから前方に山頂が見える。10 時 13 分出発。岩が多く、ロープも用意されている。全身を使ってガシガシと進む。上林さんが係りの私に、もうすぐ山頂だから係りが先に行きなさいと言われ、はずかしながらも先頭を歩かせていただいた。10 時 30 分、山頂に到着。思わず上林さんと握手をする。山頂からも西条方面が眺められる。稲田さんがいれてくださるおいしいコーヒーとしゃきしゃきのりんごをいただき、優雅な休憩となった。11 時に山頂を出発する。ここから 20 分下ると一旦車道に出て NHK の鉄塔を通ってまた山道に入るのだが、下山するまでの山道は非常な傾斜で、雨が降っていたら間違いなく滑り落ちていただろう。そんな道をひたすら下った。駅に近く、里山であってとても身近な山にみえたが、こんなに緊張する山行になるとは思ってもいなかった。それほど急斜面だった。11 時 50 分、下り着いたところは山中にあってなんとも言えずひと気のする場所だった。旧山陽道大山峠と看板があり、ここは明治時代に今の国道ができるまで国の幹線道路だったようだ。九州と京都をつなぐ道で江戸時代には参勤交代で大名が行き来し、明治維新には吉田松陰や高杉晋作らも通った道らしい。当時は山陽道の最高地点として難所だったようで、休憩所やわらじ屋があったという話だ。今はそのようなものは何もないが、上林さんの説明を聞きながら 100 年前のここに思いを馳せた。ここからあとは、未舗装の平地を歩く。10 分ほどで、民家が現れる。工事中の 2 号線バイパスの下をくぐり、旧 2 号線の宗吉東あたりに出た。2 号線より 1 本入った路地を八本松駅に向かって約 15 分歩く。12 時 25 分、八本松駅に無
事到着。

上林さんには地図読みのご指導、また先頭を歩いていただきありがとうございました。途中いろいろと山の話や曽場ヶ城山の由来など教わって歩くだけでない楽しさを味わえました。
今回坂田さんが、ずっとビデオで山行の様子を撮影されていました。YouTube に載せるとのことで後日見せていただきましたが、当日の様子がすぐに思い出せ、懐かしさが倍増しました。特に自分が歩く様子を見て、もう少しこうしたら楽に歩けるのではといった発見もありました。私にとって山道は結構な起伏で余裕がなかったので、いつの間に撮られたのだろうと驚きましたがよい記念になってうれしかったです。
今回の曽場ヶ城山係りになって、稲田さんから石仏めぐりの資料をいただきました。学生時代は毎日利用していた八本松駅でしたが、石仏のことは全く知りませんでした。大正末期に四国八十八ヶ所になぞらえて建立されたそうです。戦争中に存在が忘れられたようですが平成 10 年に石仏めぐりの会が発足し、今また脚光を浴びているようで、稲田さんは例会の翌日行われた石仏めぐりに参加されたようです。旧山陽道と石仏めぐりの史跡めぐりもまた次回してみたいと思います。
頼りない係りでしたが、みなさまありがとうございました!