0.はじめに

はじめに

IMG_0349 6月の初めに、前会長である井ノ口さんからホームページ作成用の資料として、当時の会報の一番古い綴りを預かる。まずは発足当初のことについての手掛かりを求めて、その中でも一番古い資料を辿り、1964年1月に創刊されたガリ版刷りの「広島パイオニアニュース 第1号」を見つける。1960年の発足から4年を経て、ちょうど会長が4代目である井ノ口さんに代わったタイミングで「念願の創刊」とある。紙は変色し、折り目もふちも朽ちかけている創刊号の内容は、「創刊にあたって、この機関紙編纂に対するリーダーの思い」から始まり、「2月の行事予定」、「会員がご病気から退院された」という記事まである。そして、裏面には25名の会員の氏名、お勤め先、住所がある。住所表記はもちろんのこと、お勤め先も「東洋工業」「○○洋裁学校」と往時が偲ばれる。しばらくは中身を確認しながら、「ヒストリー」の草案を練っていると、表面の片隅に井ノ口さんのコラムがあり、ふと目が留まった。

「たわごと」

 大自然の中で思い切り跳躍したい 山と空の中で深呼吸したい 騒音の街でたまらなくそう思うことがあります 山に行って自然の懐の中に小鳥の声を聞き風に揺れる草花を見ると私の心は満足感で一杯になります そんな小さなひとつひとつが皆 私の友達さんです 皆で山にゆきましょう どんなに低い山でも どんなに苦しい登りでも良いのです それで立派な登山なのです

この創刊号発刊からも既に50年余が経っているが、山に行く目的・理由は、何ら今と変わらないものを感じた。今回の企画は当初、機関紙や40周年誌などを抜粋して、年表的にまとめていくつもりだったが、急に気が変わった。創立からこの機関紙が創刊されるまでの4年間のことや、当時何を思いながら、仲間たちと山に登っていたのかを直接聞いてみたくなった。まず次号は「井ノ口さんのインタビュー」にしよう。登山に対しての普遍性が垣間見えるかもしれないという、ほのかな期待を持って。

続く

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