1.発足の経緯

発足の経緯

img_0403-2井ノ口さんへのインタビューからはや1年。せっかくお時間を頂きながら大変失礼なことに、一向に筆が進まない、というかテープ起こしからの執筆などと言う高度な作業をする能力が無かっただけなのだが、さすがにホームページの山行記録が賑わいを見せてきているのに、ここのページがいつまでも変わらないのは、いかがなものかとようやく重い腰を上げました。1時間以上にわたる貴重なインタビューを何回かに分けてご紹介していきます。今回は発足の経緯についてのお話です。

 

まずは、発足の経緯についてお聞かせください。

(井ノ口)実は元々はユースホステルのグループなんですよ。まだ広島にはユースホステル自体が無かった頃ですが、広島県のユースホステル協会が設立した時に、広島にはサポートするクラブがありませんでした。そこで10人ぐらいで集まって、サポートクラブとして発足したのが山岳会広島パイオニアの前身です。名前の由来は、それまでは誰もやっていなかったから、つまり開拓者精神を持ったクラブとしてとしてパイオニアと名付けました。そのうち広島にもユースホステルができて、それまでにも全国を旅して歩くのが趣味の人たちが集まった。当時はユースというように若い人ばかり。しかもユースホステルはお酒が飲めなくて、夜は何もやることないから必ず、夕食後にミーティングを行う。談笑したり、フォークダンスをしたり。私はこのフォークダンスが苦手でした(笑)。そのうち初代、2代目と会長が代わり、3代目の会長を選ぶ際に薦められましたが、自分がやるなら「ちんたらしたのは嫌だ、山しかやらないよ」と言って引き受けました。

山の会として活動するにあたり、当初は歴史のある広島山岳会への加入も考えて、実際に当時の会長のところに行きました。しかし、広島山岳会に入るには会員の紹介が必要など、当時から規定が厳しかったため、「それならば自分でやろう」ということで会を立ち上げるに至りました。そして、昭和42年頃に山岳連盟への加盟を申請しましたが、「はいそうですか」と簡単に加盟できる組織ではなく、しかもパイオニアは登山クラブとしての実績は一つもない。とても加盟できるような状況ではありませんでした。しかし、一生懸命だったんでしょうねぇ。その気持ちを汲んでもらってか、何とか加盟させてもらいました。この岳連加盟をきっかけに名称も「山岳会広島パイオニア」と改めました。この時点ではユースホステルのクラブだった当初とメンバーが代わったわけではありませんが、この岳連加盟を機に山の好きな人が集まるようになりました。(続く)

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